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2009年3月

祝福=結語~礼拝メッセージから~

国と力と栄えはとこしえにあなたのものだからです。アーメン
                         マタイ6:13

主の祈りの最後の言葉である。
これは、「主の御国は、必ずなるのだ!!」という確信を表す言葉だ。
つまり、主の祈りは、私たちの信仰告白としての祈りだ。

パウロは、神様に用いられた偉大な宣教者だが、宣教地に赴いて福音を語り、手紙によって教え励ました。
その手紙を
「 私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、今や現わされて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方、 知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。」
と結んだ。

これは恵み深い主に全ての栄光を帰し、賛美と感謝を表す言葉だ。

私たちにとって、生きている目的は何だろう?
「主に栄光を帰す」生き方か?
それとも
「自分が一番」の生き方か?
はたまた
「お金が一番」の生き方か?

「信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示」とパウロが書いた「イエス=キリスト」を仰いで、「神様に用いられる」生き方をしたい。

そして、「すべてのことは神様に栄光があります」と告白できる者でありたい。

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LiP合宿!!

4/26のコンサートに向けて、3/19,20に2回目の合宿が行われました。
部分参加を含め、ほとんどフルメンバーで、練習することができ、パートの中での細かい音の確認など、じっくり詰めることができました。
さらに主を賛美するために、いろいろな工夫もhappy01heart04
4月のコンサートをお楽しみにup

また、2日目にはLiP総会ももたれました。
昨年の活動を振り返り、より良い活動のための話し合いをすることができました。
感謝heart02

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教団総会

 伊達福音教会が所属している「日本同盟基督教団」は、日本全国に220余りの教会と、1万1千人余りの会員を有する教団です。

その教会の代表が一年に一度集まる総会が3/17~19まで静岡県の嬬恋で行われました。
伊達福音教会からは、五十嵐光子姉が参加されました。

教団の目的は、「『聖書信仰・宣教協力・合議制』における一致のもと、聖霊の力により、キリストの宣教使命に応えて、神の栄光をあらわすこと」と教憲前文にあるとおり、主にある兄弟姉妹が、集まって賛美をし、祈りあい、語り合った総会となったそうです。感謝!!

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壮行式!!

 札幌に転勤になる兄弟姉妹の壮行式がおこなわれました!!

兄弟は、伊達福音教会の開拓当初、教会学校にきていたいわば「伊達福音教会の申し子?」
その後、紆余曲折を経て、イエス様を信じ、奥様と三人のお子さんとともに伊達福音教会に集い、役員など務めてくださいました。

感謝の心をこめ、みんなでお食事を持ち寄っての壮行式となりました。
テーブルの上には、みんなの思いのつまったお食事がずらり。

みんなからの、感謝の辞があり、兄弟姉妹からのおわかれの言葉があり、感謝な会となりました。
伊達にもどってきたいという願いがあるので、さよならではなく「いってらっしゃいheart02」のことばで送ります。

Dsc08078_2 Dsc08079 Dsc08080                   おいしそうnote食べましょうnote

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完全な赦しを~礼拝メッセージから~

「私たちも私たちに負い目のある人たちを赦しました。(主の祈りより)」

何度まで人を赦せばよいのか??

日本には「仏の顔も三度まで」という諺がある。
仏でも、三度だから、心優しい人でも三回赦せば上出来ということだろうか。

聖書には「7度を70倍するまで」とある。

マタイの福音書18:21~35には、王様から借金を赦される人のたとえが書かれている。
1万タラントという膨大な負債だ。
1タラント=6000デナリ。1デナリは、一日分の賃金だそうなので、軽く何千億の負債ということになるだろう。

私たちも神様にとうてい払いきれないほどの負債を負っている。
どれほど償っても償いきれないほどの負債だ。

それを神様はすべて無効にしてくださった。

自分に害のある人を赦すことはとても難しい。
自分の悪口を言う人、自分の仕事の邪魔をする人、いわれなき中傷をする人。
そんな人を赦せるだろうか??

その難しいことをイエス様は十字架の上で成し遂げてくださった。
「父よ。彼らをおゆるしください。」
「彼らは自分が何をしているのかわからないのです。」

この祈りの上に私たちの生きる道がある。

「イエス様が私にこのことをしてくださったから赦します。」
「イエス様。わたしが置かれている状況は、~です。どうぞ、助けてください。」

イエス様を見上げて歩んでいこう。

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弱さの中にある強さ~礼拝メッセージから~

「彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。ヨハネ17:15」

「私たちを試みに会わせないで、悪からお救い下さい。」
という主の祈りと
「もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。ヘブル12:8」
という御言葉は、矛盾しないのか??

「試み」という言葉は、「テストする、試す」という意味がある。
たとえば、イサクをささげよ、と言われたアブラハムは神様への忠誠、従順さを試された。

神様のゆるしがあってテストがある。
そして、神様のテストはいつも私たちを堕落させるためにではなく、私たちをよりよく訓練するためである。

救われて、幸せいっぱいな時期を過ぎると誰もが、サタンのささやきを受ける。
「本当ニ 救ワレタノカ??」
「気ノセイジャ ナイノカ??」

このとき、神様に救われたことを「信仰」をもって受け止め、「理性」で確認することだ。
「感情」に左右されず、救われた事実をしっかり握り、みことばにたってサタンのささやきをしりぞけることだ。

「イエス様は私のために十字架にかかって私をあがなってくださいました!!」

サタンはかつての家来である私たちを、自分の手に取り戻そうとして必死である。
そしてこの時、私たちが必死でサタンの誘惑と戦っているようであっても、サタンとイエス様が戦ってくださっている。

「しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。ルカ22:32」

このイエス様に信頼してしっかり結びついていこう。

礼拝後の証タイムにはたくさんの神様に信頼して歩む喜びが証された。
仕事が与えられた兄弟。
大学に合格した兄弟。
癌が見つかり手術したけれど「神様を信じていて本当によかった!!」という証をした方のこと。
先日、来伊したHideyo宣教師からの「本当に楽しかった」という手紙。
すべて、感謝します。
 

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神の赦しと人の赦し~礼拝メッセージから~

「私たちも私たちに負い目のある人たちをゆるしました。(主の祈りより)」

この言葉の意味は「私たちが赦すことに比例して赦してください。」ということだという。
もし、人の罪を赦すなら、私たちの天の父も私たちを赦してくださる。しかし、人を赦さないなら天の父も私たちをお赦しにならない。

人の罪を過大評価し、自分の罪はことさら小さく思うのが私たちの常ではないだろうか。
すぐ、人のしたことで怒り、裁き、自分にとって都合のいい人は愛し、損を与える人を排除していく・・・それが私たちの姿だ。

しかし、神様が私たちに望んでおられる生き方は違う。
1)人を理解すること
 人を批判したり、非難する前に理解するように努めること

2)忘れること
 訓練によって「お互いに赦しあうことを学ぶこと

3)愛することを学び、実践すること
 イエスさまが私に何をしてくださったかをいつも忘れないこと。
 自分が赦された経験がある人は、人を赦し、愛することを学ぶことができる。
 そして、そのことを実践することによって真の満足と喜びが与えられる。

こう考えてくると、私にこれができるのか、と思う。
しかし、「私にはできないけれど、イエス様にはできる。」のである。
今週もイエス様についていこう!!

 

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ピタパンでまれっぴぃ

2月28日のまれっぴぃくらぶは、「一足早い卒業進級おめでとうパーティshine
6年生などにもはがきを出し、プレゼントも用意したのですが・・・

な、なんと!!
6年生はその前日からインフルエンザで学年閉鎖になったとのことweep
いつも来ているレギュラーメンバーの中にも
「熱が38℃で来れない・・・sad
というお友だちもいて残念!!

でも元気いっぱいのお友だちと、まれっぴぃをしました。
ゲームは「いか・たこ・まんぼう」と「「さけ・さめ」という海関係waveのゲーム2種。

メッセージは、放蕩息子の話を聞きました。
「放蕩息子」は、イエス様が語られた例え話のひとつですが、お父さんの財産を半分分けてもらい、外国へ行って遊び呆けた挙句、お金がなくなり、どん底に落ち込んだ息子のお話です。
どん底に落ちたときに、我にかえり
「そうだ、お父さんのところへもどろう。
そして、使用人の一人にしてもらおう。」
と、家へもどるのですが、
まだ家までは遠いのに、お父さんが走り寄ってきて
「お前が帰ってくるのを待っていたよ。」
と言ってくれるのです。

このお話の「お父さん」は「神様」、そして「放蕩息子」は「私たち」の姿です。
どうしようもない私たちを神様は首を長くして待っておられます。
家に帰ったとき、私たちには「ぴったりの」服や指輪が用意されているのです。

「神は実にそのひとりごをお与えになったほどに世を愛された。
それは御子を信じる者が一人として滅びることなく永遠のいのちをもつ
ためです。                       ヨハネ3:16


今日のまれっぴぃは「ピタパン&フランクフルト食べ放題!!」
今回まれっぴぃ初ご奉仕のMiho先生が、ピタパンを作ってきてくださいました。
これに、お野菜とフランクフルトをはさんで食べるとデリシャ~~スhappy01

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来月はみんな元気で集まれるといいなあ~~heart02

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